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知性もあらゆる物と同じく消耗する。学問はその栄養である。知性を養い、かつそれを消耗する。by ラ・ブリュイエール

   
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「僕は自分の小説の中に自分を描くことはしない。それは身を削る恐ろしい行為だ」

 好きな作家さんが、講演会の時に言っていた。
 その当時はよく文章を書いていて、自分が書いているものは拙いものだけれども、それでも的を射た表現だなと共感した覚えがある。

 思い返してみると、高校時代に書いた話の中にほんのちょっとだけ自分の一部を注いだ人物を登場させたことがあった。

 ――この場面に私がいたら、何を思ってどう行動するだろう。

 文章を綴る瞬間そう考えて、自分をじっくりと見つめる。普段は見ようとしないように心がけてる部分も、この瞬間は意図せず見つめてしまう。自分をゆっくりと解体していく作業、とでもいうのだろうか。ひとつの文を綴るごとに、自分の一部を剥がしていく。
 書き終えたあとは、「終わった」という達成感よりも、熾烈な争いを終えたあとの恍惚感と、同時に力を使い果たしたあとの虚脱感がじんわりと底に渦巻いて、運動をした訳でもないのにとても疲れた覚えがある。

 だめだ。もう何もできない。何もしたくない。

 今考えてみると、たしかに身を削っていたと思う。心のいたるところに傷ができて、血が流れて、痛かった。

 そういえば、似た感覚をかつてカウンセリングを受けている時にも感じたことがある。あれも、自分を削る、解体していく作業だった。
 基本的に先生は何もしない。促すだけ。自分のことを上手く語れずにいると、どうしてそんなことをしたの、と問う。問われて考えて自分の中を見て、見たくなかった自分を引き出す。自分を削る。

 カウンセリングをして良かったという人と、受けなければ良かったという人がいるけれど、それは自分の削り方に違いがあったからじゃないかと思う。もしくは、削ったあとの痛みに堪えられたか堪えられなかったかの違い。

 カウンセリングも、文章で自分を描くことも、実際にやってみないと結果がどうなるのかわからない。安易な気持ちでやってはいけない。
 そんなことを思う。

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 いつの間にか時間が経っているから、そんなにブログを放置したつもりがなくても1カ月以上放置してしまうとかよくある。

 とりあえず、2年生としての大学生活が終わって、あとは成績とゼミの発表を待つだけになってる。また長い春休みがやって来たわけだけれど、ぼーっと過ごしていると夏休みみたいにすぐに終わってしまうんだろうなーと思うと、ちゃんと計画立てて過ごさきゃいけない。
 まず専門の勉強の復習(特に統計学)と、あとは1年半後のことを見越して今のうちから英語力を鍛えたいと思う。最近になって、ほとんど英語に触れなくなったから単語をどんどん忘れてて、ちょっとひどい有様。浪人中にあれだけ勉強したんだから、また逆戻りするようなことにはなりたくない。

 そういえば、先日中学高校時代の友人と会って、色々と話して刺激を受けてきた。高校を卒業してから、彼女とは定期的に会ってお互いの近況報告をしている。
 中学一年の時に同じクラスで喋ってた時はこんなに長く関係が続くものだとはお互いに思ってなかったから、不思議なものだと思う。
 私が書いた拙い話を好きだと言ってくれて、挿絵まで入れてもらったのはほんとにいい思い出。高校になってからは、互いの夢を励まし合える間柄で、浪人時代に勉強が大変で挫けそうになった時に、私より一歩先に夢に進んでる彼女と会って、とても励まされた覚えがある。

 彼女の姿を見ていると、夢に向かって一生懸命走っているな、と思う。ほんとに全力で走っている。
 そういう姿ってかっこいいし、輝いてる。私もあんなふうに走りたいな、って思う。

 これはちょっと半分くらい受け売りだけど、目的――夢に向かって自分の力で一生懸命走っているんなら、たとえそれが道の途中で終わってしまってもいいと思う。その時は全力で頑張ったんだ、って言えればいつ終わってもいい。
 もちろん、ちゃんと目的地に到着できるのが一番だけれど、そうじゃなくてもいいんだって思えるような走り方をしたい。

 彼女はそんな走り方をしている。その姿を後ろから見ていると、私はまだまだ全力じゃないって少し落ち込むけれど、彼女みたいに走りたいっていう憧れのほうが強い。
 心から走りたいなって思える。

 そんな訳で一生懸命走るために、春休み中は計画を立てて勉強をしたいと思う。
 思うだけじゃなくて、ちゃんと実行に移したい。

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 明けましておめでとうございます。

 気付いたら、2011年が終わっていた。
 いつの間にか、2012年になっていた。

 今回の年末は久々に平和な過ごし方をしたような気がする。
 1年前は冬期講習をしていたから家にほとんどいなかったし、2年前は浪人中で塾で冬期講習を受けていた側だった。3年前は現役の受験生だったから、やっぱり机に向かっていた気がする。4年前、高2の時は家の事情で落ち着いてなかったし、5年前は私自身が私の中でとても大変だった。
 思い返すと、家族とゆっくりと過ごす年末は本当に久々で、中3以来っていうことになる。
 毎年毎年、何かで大変で、何かで苦労して、とてもつらかったのだけれど、そういった経験が今の自分を作り上げているから、つらい経験も悪いことではない。でも、その時はすごくつらい。どうしようもなく、つらい。あまりにもつらいとそれまで楽しかったこととか、その先の明るいこととかって考えられなくなる。

 たぶん、これからも苦しいことにぶつかることがあるんだろうけれど、一度落ちるところまで落ちてしまうとあとは上がっていくしかないから、きっと頑張れるはず。
 頑張りたいな。

 今年の目標を書こうと思ったら、ちょっと横道に逸れてしまった。。。
 さて、今年の目標をいくつか。

「自分の問題と向き合う」
 2年になって勉強が忙しくなり自分を見つめ直して思ったことだけれど、やっぱり集中力の問題はかなり大きい。元々人よりも集中力がない気質で、一つの物事と長時間付き合うことがとても苦手なのだけれど、そのせいで最近ちょっと大変だったりする。
 そういった自分の問題と向き合って、どうにか解決策を見つけたい。

「本を100冊読む!」
 去年は72冊しか読めなかった。一昨年は78冊だったような気がする。
 もうちょっと読む速度を上げたいものなんだけれど、うーん。今年こそは100冊読みたいし、できればそれ以上読みたい。

「物語を書く」
 世界観ができあがってきたので、ちゃんとした形にしようと思う。ここ2年くらいまともな話を書いていないし、復帰第一作?になる予定。
 ざっくりとまとめると、心がなくなってしまった女の子のために、鷹と一緒に男の子が旅をする話。
 ひとつひとつの言葉を丹念に、淡く澄みきった文章で書き上げたい。

 以上が今年の目標。
 達成できるよう、まずは読みかけの本を読もう。

 最後に、今年もよろしくお願いします。

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 露店が並ぶ通りを六人でぞろぞろと歩く。そのなかで、浴衣を着ているのはわたしと佳世子さんだけで、だからかつんかつんと下駄で石畳を打ち鳴らすのもわたしと彼女だけだ。黒地に桜模様の浴衣は佳世子さんにとてもよく似合っている。浩ちゃんの隣で笑いながら話している彼女はきらきらと輝いていて、この境内にいる誰よりも魅力的だった。浩ちゃんは恥ずかしがって話してくれないけれども、そういった彼女の自然と発している何かに浩ちゃんは惹かれたのだと思う。おそらく、付き合って四年になる彼らはそのうち結婚するのだろう。そんな流れを感じる。今のままあたたかい空気を放ちながら、家庭を築いていくのだろう。
 お父さんとお母さんも付き合っている当初はあんな感じだったのだろうか。わたしの後ろを歩いているお母さんは、浩ちゃんのお母さんと楽しそうに世間話をしているけれど、そんなお母さんが一番前を歩く朴訥とした雰囲気のお父さんと仲睦まじげに手を歩いていた様子など、まったく想像できない。無理に想像しようとすると、妙な嫌悪感が鎌首をもたげる。
「何か、お悩み?」
 ひょっと佳世子さんの顔が現れた。にわかごとに、どきりとする。
「あれ、浩ちゃんは?」
 考えごとをしていた間に、佳世子さんと一緒に歩いていたはずの浩ちゃんの姿がきれいに失せてしまっていた。
「たまたまお友達と会ったみたいでそっちのほうに行っちゃった。ひどいよね、彼女ほっぽりだしてさ。あとで文句を言ってやろう」
 そんなことを口にしながらも、彼女はどこか愉しげで、あとで文句を言いそうな感じはちっともしなかった。こういうちょっとしたことで二人の仲の良さがわかる。
「さつきちゃんは何を考えてたの?」
「お父さんとお母さんのことです」
「ほうほう。具体的にどんなことかな?」
「浩ちゃんと佳世子さんみたいに、お父さんとお母さんも昔は仲良しだったのかなーって。でも、互いににこにこしながら手を繋いでるお父さんとお母さんのことを想像してみると、なんか気持ち悪いんですよね」
 正直に考えていたことを話すと、佳世子さんは毬のような顔を一瞬きょとんとさせて、それからすぐにけらけらと笑いはじめた。
「そうかそうか、そんなことを考えていたのかー。かわいいねえ、さつきちゃんは。でもね、きっとそんなもんなんだよ」
「そんなもん?」
「男女の仲っていうの? 最初は燃え上がってその結果子供が生まれたりして、それでだんだんと落ち着いた関係になって家族になる。だから、わたし達もそのうちさつきちゃんのお父さんやお母さんみたいな関係になるんだと思うよ」
「そんなもん、なんですか?」
「そんなもん、だよ」
 返事をしてすぐに、佳世子さんは戻って来た浩ちゃんと一緒に脇道のほうへ行ってしまった。六人いたはずのグループから二人が抜けて、空ができて少し寂しい。空の先には何を考えているのかわからないお父さんが歩いているだけで、ぶらぶらと振られているお父さんの手はさらに寂しそうだった。
 その手に昔、自分の手が強く握られていた記憶はいくつもあった。特に濃厚な記憶はこういったお祭りの時の記憶だった。見知らぬ人がたくさんいて恐ろしく感じているなか、大きい手でぎゅっと握ってもらうと、お父さんの根底に潜む力が、手を媒介にしてわたしの中心に注ぎ込まれるようだった。その力を感じ取ると、受け取ったよもう大丈夫だよ、と伝えたくてお父さんの手を力いっぱい握り締めた。そうすると、うんあげたよ、と言わんばかりに寡黙なお父さんが握り返してくれる瞬間が、目に見えない愛情を感じ取れる気がして好きだった。
「お父さん」
「うん?」
 昔よりも白髪の増えたかぶりに向かって確認を取るように言う。
「お祭り、懐かしいね」
「そうだな」
 手を繋ぎ合った多くの親子連れや恋人達に対して、しわの増えた目尻を細めながらお父さんは首肯した。ああ、とそんなお父さんの様子を見て、なんとなくさっきの佳世子さんの言葉が少しだけ納得できた。
 わたしとお父さんがかつて手を握り合っていたように、お父さんと後ろで世間話をしているお母さんも、かつて仲睦まじく手を握り合っていた頃があったのだろう。もうわたしとお父さんは手を繋がないけれど、見えない何かで繋がり合っているように、お父さんとお母さんもだんだんと変化していった何かで繋がり合っているのだろう。その過程を考えると、不思議と嫌悪感は沸き立たなかった。
「ちょっとそこで、りんご飴買ってくる」
 ――そんなもん、なのだろう。
 
おわり

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 サークルの友人と帰っていたら、創作の話になった。
「累華さんは最近書いてるの?」
「たまに書いているけれど、見せられるものじゃない」
「じゃあ、4月の新歓期までに書こうよ」 

 書きたいけれど、そう簡単に書けるものではない。昔のように何も考えずに書くようなことは今はできない。
 大学に入ってからずっと書けない状態が続いている。大学生活は十分楽しいけれど、創作ができないのは苦しい。たまに思いついたものを少しだけ書いたりして、すぐに書く手が止まる。どうしても続かない。

 ただ、今でも絶対に形にしたいと思っているイメージがある。

 ピーテル・ブリューゲルの「雪中の狩人」のような景色、ヨハネス・フェルメールの室内風俗画のような静謐な雰囲気、2005年のオリバー・ツイストのオリバーのような少年、大きな鷹。

 ひとつひとつは断片的なんだけれど、夢で見た形なので仕方がない。
 これを組み合わせて、ファンタジーを書きたいと思っている。書くと陳腐になってしまうのではないかという恐怖感があるけれど、今日友人と話していて書かなければ何も進まないのかなと思った。
 ざっと構成とかを考えて、それから少しずつ書いていこうと思う。

 書き上げたら…………。うん。

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プロフィール
HN:
累華
年齢:
35
性別:
女性
誕生日:
1990/10/06
職業:
大学生
趣味:
散歩 読書 映画や芸術鑑賞
自己紹介:
都内の大学に通う大学二年生。心理学専攻。
将来は作家になりたいので、創作の肥やしにするために色んなものを聞いたり見たり読んだりして経験値を増やそうと奮闘する日々を送っている。
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